「うつ病で休職」は恐くない!

松田鬱男の休職・社会復帰ブログです。

不安の正体 「持たざる」は豊かさの裏返し

 まだ自己否定感をひきずっています。落ち込みイライラするばかりで何事にもやる気が出ないのですが、そういうネガティブな気持ちも含めてありのまま過ごそうと思います。気分の波が上向きになれば心境も変わるはず、その繰り返しでゆっくりと病気を治していくしかありませんね。

 自己否定感とも関係するのですが、「不安」について少し考えてみました。ショーペンハウエルほど世の中を悲観してしまうとかける言葉もありませんが、逆になんの不安もなく万能感にあふれている方がいるとしたらそれも普通ではないと思います。不安があるからこそ、それを払拭するためのエネルギーが生まれてくる。大げさな話ですが、そのエネルギーにより人間は文明を築いてこれたのではないでしょうか。不安はあって当然なのです。

 いまの松田は家族を養うためのお金を稼げないという不安に押しつぶされています。仮に大金が手に入ったりベーシックインカムが導入されたりすれば、仕事への不安がなくなり病気は寛解するかもしれません。しかし、お金以外で子どもの見本となる父親になれていないという新たな不安と対峙することになるでしょう。それは父親として健全な不安であり、不安を克服するため子どもの成長を手助けすることが将来の社会への貢献にもなると思います。余談ですが前澤さんの社会実験お年玉、これを実証するべく私に10億円いただきたいものです。

 不安はもって当たり前、と思うのですが、これは他者と比較するために感じる部分も大きいのではないでしょうか。会社の同期は病気にならずまともに働いている。大学の同期は違う仕事でもっと活躍している。そういった自分が定めた他者ありきの「普通」の基準に満たないことが不安を生み出しているのだと思います。復職して収入が元に戻れば一安心ですが、桁違いに稼いでいる人からしてみればそれでも不安な収入に見えるかもしれません。

 他者との比較はきりがありませんし、逆に自分より「下」を探すのは卑しいことこのうえないのですが、昨日、自分の現状は恵まれている、と思うことができました。そのきっかけは、鬱屈とした気分を紛らわすためにウイスキーとコンビーフを買ってきたことです。病気で生活費もままならないというのに、歩いて5分のスーパーで欲しいと思った物を買える。歴史は詳しくありませんが、1000年前の庶民にはこんな自由・贅沢は生涯なかったはずです。社会の頂点にいた王侯貴族ですら、こんなに洗練された日本ウイスキーや均質な肉は味わえなかったでしょう。飲み物を冷やす技術もなければ、毒見が必要で料理を温かいまま食べることもできない。松田は現代日本に生まれたというだけで、そんな贅沢を当たり前に享受しています。いま抱えている不安や自己否定感、その基準となる「普通」に対する「持たざる」という感覚はその豊かさゆえに生じたものであり、生きるか死ぬかの絶望などとはほど遠いものです。無理はできないにしても、そんな豊かさや幸せを自覚し前向きに生きていきたいと思いました。

 以上を言い訳にしてウイスキーをいただきます。次はトミカ(ハチロク・藤原とうふ店自家用)を勝手に買った言い訳を考えて妻に申し上げなければいけません。

 

f:id:Utsuo_Matsuda:20200220164910j:plain